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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1734号 判決 1973年5月31日

控訴人 山川輝雄

右訴訟代理人弁護士 渡辺幸吉

被控訴人 ダイヤモンド給食株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金弐拾萬七千弐百七拾円およびこれに対する昭和四拾四年四月弐拾九日以降右金員完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、被控訴会社代表者は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、

控訴代理人において、

仮に被控訴会社の被傭者であった訴外佐藤武が、東京都大田区多摩川二丁目二八番二四号所在訴外東洋エアゾール工業株式会社の構内における被控訴会社経営の食堂(以下本件食堂という。)で使用する米の購入につき権限を有しなかったとしても、右佐藤は、被控訴会社のために、(イ)本件食堂で使用する豆腐類を訴外松本菊松に注文して購入し、また、(ロ)本件食堂で使用する鶏卵類を訴外上野秋憲に注文して購入しているのであって、本件食堂において使用する食料品類の購入についてはある程度の代理権を有していたものである。しかして、昭和四三年七月頃から同年九月頃にかけて、本件食堂に勤務していた被控訴会社の従業員は、右佐藤のほかには年齢二〇歳位の男子一名および中年の女子一名がいたのみで、外部の者にとっては、いかにも佐藤が本件食堂の主任者として責任者の地位にあるようにみえたので、控訴人は、佐藤が本件食堂で使用する米の購入についても当然被控訴会社を代理する権限があるものと信じて、同人の注文に基き、原判決添付別表記載のとおり白米を売渡し、これを本件食堂に搬入して被控訴会社に引渡したものである。従って控訴人が右の如く佐藤に代理権があると信じて右白米を販売したことについては正当の事由があり、かつ控訴人には過失はないから、被控訴会社は民法第一一〇条の規定によって本件白米代金の支払義務がある、と述べた。立証<省略>。

被控訴会社代表者において、

控訴代理人の右主張は争う、と述べた。立証<省略>。

理由

一、控訴人が米穀類の販売を業とし、被控訴会社が食堂の経営、弁当の販売等を目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

二、<証拠>を総合すると、訴外佐藤武は、昭和四三年五月頃から同年九月中旬頃まで被控訴会社に雇われ、同会社経営の本件食堂で調理の仕事に従事していたこと、控訴人は、佐藤の注文により同年七月一二日から同年九月四日までの間において、原判決添付別表記載のとおり、五回に亘り内地産白米合計一、五〇〇キロを本件食堂に納入したこと、右白米代金は一キロ当り金一四一円の割合で合計金二一一、五〇〇円であったが、同年一〇月八日三〇キロが控訴人に返戻されたため、これを控除すると残代金は金二〇七、二七〇円となることが認められる。然しながら、右佐藤武が被控訴会社のために、本件食堂で使用する白米を購入する権限を有していたことを認めるに足りる証拠はない。従って佐藤が右権限を有することを前提とする控訴人の主張は、これを採用することができない。

三、そこで控訴人の表見代理の主張につき按ずるに、<証拠>を総合すると、上記佐藤が本件食堂で働いていた当時、本件食堂においては被控訴会社従業員の数もわずか数名にすぎず、それらの者のうちでは一応の業務分担はあったものの、さして厳格なものではなく、従来からの取引先に対する食料品の注文も、右従業員の一人であった訴外鈴木君枝のみがしたわけではなく、佐藤も随時必要品を注文して購入していたこと、右取引先の業者からは、佐藤が中年の男性であるところから、本件食堂の主任として責任者の立場にあるものと見られていたのであって、現に佐藤が本件食堂で使用する豆腐油揚げ等を何回となく訴外松本菊松方に注文し、同人も佐藤が本件食堂の主任であり、これらの食料品の購入の権限があるものと信じて、右注文に応じて品物を本件食堂に納入し、その代金も一箇月分づつまとめて毎月確実に被控訴会社から支払をうけ、右支払の際に被控訴会社から佐藤には本件食堂で使用する食料品購入の権限がないなどの抗議を受けたような事実は全くないこと、本件白米の販売にあたっても、先ず佐藤が控訴人に対し、本件食堂では従来他の米屋から米を購入していたが、その米がまずいという評判なので、控訴人方から米を納めて貰いたい旨の申出をしたため、控訴人も、上記のような佐藤の年齢等から判断し、同人が本件食堂の責任者であると信じて、同人の注文によって前記のとおり前後五回に亘って本件食堂に白米を納入したのであるが、右白米の搬入に際してもその場に居合わせた本件食堂勤務の他の従業員から注意を受けたり、疑の眼で見られるようなことはなにもなかったこと、およそ以上の事実が認められる。原審証人鈴木君枝の証言および原審における被控訴会社代表者本人尋問の結果のうち右認定と抵触する部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、前項で認定した事実によれば、佐藤は本件食堂で使用される食料品を被控訴会社のために購入するについて或る程度の権限を持っていたものと認められるところ(なお、佐藤が被控訴会社の使用人である以上、同人に商法第四四条第一項の権限があったとすべきことは言うをまたないところである。)同人は右権限を越えて被控訴会社の名において控訴人に対し白米を注文してこれを購入したわけであるが控訴人は、佐藤に白米購入の権限があるものと信じて同人の注文に応じて白米を納入したものであって、控訴人が佐藤に右権限があると信じたについては正当の事由があり、また控訴人が佐藤の白米購入の権限の有無を直接被控訴会社について確めなかったからといって、控訴人に過失があったとすることはできないものといわなければならない。されば控訴人の表見代理の主張は理由があり、被控訴会社は控訴人に対しさきに認定した本件白米代金残額金二〇七、二七〇円およびこれに対する本件訴状が被控訴会社に送達された日の翌日であることが本件記録上明かな昭和四四年四月二九日以降右金員完済に至るまでの商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、右と結論を異にする原判決は失当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定によって原判決を取消すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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